はじめに
当社社屋に設置してあるGNSS基準局(Hi-Target Vnet6plus受信機+チョークリングアンテナ)のRTK精度検証を行ってみました。
関連リンク:補正データの配信方法
関連リンク:基準点座標の決定方法
周辺の公共基準点を観測しVRS観測結果と比較し、その精度と誤差の発生要因について考察してみました。
一般的に1周波GNSSで基線長が10kmを越えると、電離層を通過する経路を同じとみなすことができなくなり、電離層遅延の差が誤差要因として無視できなくなります。
2周波GNSSを使用すれば、電波の周波数の違いからくる遅延量の差を基に遅延量を補正することが可能です。
しかしながら今回の検証により、例え2周波GNSSでRTKを行った場合でも、そのほかの要因からくる誤差が発生しうることが見えてきました。
22.06.07追記
後述しますが、基線ベクトルの精度自体は20kmでもそれほど悪くありません。ローカライズすれば、実用に耐えるのではと思えてきました。追って検証して公開したいと思います。
追記終わり
検証方法
検証点の選点
検証点は長岡市平島の自社基準点(以下HEJM基準局)からの3~25kmの範囲で右図の様に選定した。
各点は測量時期や使用した既知点(周辺の公共基準点・三角点や電子基準点)が異なり、同じ扱いで比較はできない。従って、日本テラサット・VRSを使用した単点観測結果を正として比較することにした。
HEJM基準局の座標
HEJM基準局の座標は、24時間スタティック観測したデータを周辺の電子基準点を既知点とした網平均計算によって決定されている。
今回の検証では、VRS単点観測結果との整合性を高めるため、HEJM基準局において30分間VRS観測を行い、その平均値を基準局座標として一時的に用いることにした。
観測方法
各検証点において、以下の手順で観測した
・HEJM基準局に接続してRTK測位。FIX解を得た後に10エポック平均
・日本テラサットVRSに切替えて、RTK初期化。FIX解を得た後に10エポック平均
検証に使用した移動局はHi-Target社製iRTK5x
検証結果
各検証点のVRS観測結果とHEJM基準局とのRTK観測結果の較差(水平方向・ 高さ 方向) について、HEJM 基準局からの距離を横軸としたグラフにすると、以下の通りとなる。
高さ方向の較差は、25km範囲内で30mm以内に収まっている。水平方向の較差は基準局から離れるに従い大きくなり、20kmを越えると50~60mm程度となった。
検証に使用した受信機のRTK精度仕様は以下の通りである。
HEJM基準局(Vnet6plus) 水平8mm±1ppm 高さ15mm±1ppm
移動局(iRTK5x) 水平8mm±0.5ppm 高さ15mm±0.5ppm
劣る側の精度「水平8mm±1ppm 高さ15mm±1ppm」と比較しても、上記の検証結果は仕様上の能力以上に誤差が大きくなっている。
誤差の要因
仕様上の能力以上の誤差について、可能性として場所ごとの地殻変動量の違いが与える影響について検討した。
HEJM基準局から22.3km離れた、2級基準点「II-26」で観測したHEJM基準局とのRTK測位結果を手作業で地殻変動補正してみる。手順は以下の通り。
・HEJM座標 緯度37°25‘06.0053” 経度138°49’54.0657” 楕円体高73.5691m---> 地心直交座標に変換すると X=-3818077.061 Y=3338746.023 Z=3854414.142
・II-26観測結果 緯度37°37‘10.2144” 経度138°49’44.4837” 楕円体高50.5175m---> 地心直交座標に変換すると X=-3807672.364 Y=3329959.716 Z=3872109.173
・座標差、つまり基線ベクトル(HEJM→II-26)は⊿X=10404.697 ⊿Y=-8786.307 ⊿Z=17695.031
(2)HEJM基準局の座標を今期座標に変換する(セミダイナミック補正パラメータ2021版を使用)
元期座標 緯度37°25‘06.0053” 経度138°49’54.0657” 楕円体高73.5691m今期座標 緯度37°25‘06.0019” 経度138°49’54.0949” 楕円体高73.5809m--> 今期座標を地心直交座標に変換X=-3818077.588 Y=3338745.531 Z=3854414.067
(3) HEJMの今期座標(2)に基線ベクトル(1)を加えて、II-26の今期座標を算出
II-63の今期座標(地心直交座標)X=-3807672.891 Y=332959.224 Z=3872109.098
緯度・経度・楕円体高に変換II-63の今期座標 緯度37°37‘10.2111” 経度138°49’44.5129” 楕円体高50.529m
(4) II-26の今期座標(3)を元期座標に変換する(セミダイナミック補正パラメータ2021版を使用)
元期座標 緯度37°37‘10.2153” 経度138°49’44.4819” 楕円体高50.520m
平面座標に変換 X=179755.9635 Y=29044.6892 標高=11.6230
成果座標およびVRS観測結果と比較してみると次表の通りである。
2級基準点II-26は比較的最近(2018年)の測量で、点の記によると電子基準点を既知点としてGNSS測量によって決定したことが明記されている。従ってVRS観測結果との整合がよく取れている。HEJMとのRTKについても、地殻変動を考慮した計算結果ではVRSと遜色のない結果を得ることができた。従って、RTKによって観測された基線ベクトル自体は、かなり正確に観測できている。
上記の検証結果より、RTK測位で広範囲の測量を行う場合、各地点における地殻変動補正量の違いからくる誤差が大きく影響することが分かった。
VRSの場合、ログイン時に移動局の概略位置をサーバーに送り、サーバーはその場所における地殻変動量を加味したVRSデータを生成して配信している。
一方、RTKの場合、基準局座標は地殻変動を考慮したセミダイナミック補正をかけた元期座標が設定してあるが、測量場所と基準局位置の地殻変動補正量が異なると、補正量の差がそのまま誤差となって出てきてしまう。
地殻変動補正量の見積
RTK測位を広範囲で行う場合、以下の条件が前提となる。
・対象地域の地殻変動量が小さい
・地殻変動量と方向が対象地域内において一様である
今回の検証区域や、他の地域において地殻変動の補正がどの程度行われているかを検証してみる。
検証区域周辺の変動量
検証区域近傍の電子基準点「新潟三島」と、その隣に位置する電子基準点「小千谷」について、それぞれの成果座標(元期座標)と今期座標を比較した。
基準点間の距離は概ね20kmであり、補正量の違いは検証ででた「成果座標~HEJM基準局」の較差と同レベルである。長基線RTKの誤差が、観測エリア内における地殻変動量の違いに起因していることが分かる。
他の地域と比較してみると・・・
東日本大震災後も、地殻変動が継続している岩手県・宮古周辺と、宮古つながりで沖縄県・宮古島の変動量と比較してみた。
宮古島の地殻変動補正量の場所による違いは、新潟・岩手と比較して小さい。元期座標の基準日は東日本で2011年、西日本で1997年であるので、宮古島における変動量自体は24年分となり、東日本よりも大きい。しかしながら補正量の場所による違いが少なくなっている理由は、島全体が一様に(同じ方向に同じ量だけ)動いているのが原因であると推測できる。
一方、地殻変動量の違いが大きい宮古周辺でRTKを行う場合、長基線での誤差がより大きくでることが予測できる。
ネットワークRTKサービスを使用する場合
地理院の電子基準点を利用したネットワークRTKサービスの場合、ユーザーがログインした地点における地殻変動を考慮した補正データが配信されるようになっている。
日本テラサットの「Multi Station方式」~近傍の電子基準点とのRTK~を使用して、どの程度地殻変動補正が加えられているかを確認してみた。
ログイン後に日本テラサットから配信されてくる基準点座標を見ると、電子基準点の成果座標とは異なる場合がある。これは、ログインした場所において観測結果が元期座標となる様、地殻変動量を加味して基準局座標を調整しているためである。電子基準点「新潟三島」から100m離れた地点と10km離れた地点それぞれでログインし、配信された基準点座標を確認すると、以下の違いがある。
電子基準点からの距離が大きくなるほど、元期座標を求めるためにより大きな地殻変動補正をかけている事が分かる。
比較結果
上記の方法で、電子基準点から100m・2km・4km・6km・・・離れた場所の座標を指定してログインし、配信された基準点座標と電子基準点の成果座標との差を3か所の電子基準点で比較してみた。
・新潟三島 今回検証した区域の電子基準点
・田老A 岩手県宮古市の電子基準点。東日本大震災後も地殻変動が継続している地点
・伊良部/城辺 宮古島の電子基準点
加えている補正量は、宮古島が新潟や岩手と比較して小さくなっており、セミダイナミック補正量の比較と同じような傾向となった。
まとめ
- 一般的に、RTKの使用範囲は10km程度と言われている。
- 基準点から離れた地点においては、基準点位置と観測位置の地殻変動補正量の違いが誤差として現れる。この誤差はRTKの測位性能よりも大きく影響を与えている。
- 一つの基準点を広範囲で使用するには以下の条件が前提となる
- 観測エリア内の地殻変動量の差が小さい地域においては、より長基線でRTKを使用しても良好な結果が得られる可能性がある。